メンタルケア

消えたい・死にたいときは

消えたい・死にたいときは、体を対象にしてしまうと大変なので、

消えたい・死にたいと言っている頭の声を対象にします。

 

自分と頭の声を同化しないように

【あれ?また頭の声が消えたい・死にたいって言ってる。】

と、ちょっと消えたい・死にたいと距離を取ってみます。

 

すると、全く体が関係ないことがわかります。

体は大切にしておく方が無難です。

 

【消えたい・死にたいのならあなたがそうすればいいよ。】と思いながら

頭の声を消してしまいます。

 

頭の声は自分を守ろうという気持ちで色々な言葉を次から次にかけてきます。

でも、もしそれが楽しくないことなら、距離をとって眺めて無視しても問題はありません。

スルーです。

あの人を変えたいと思うとき。

【あの人を変えたい。】と思うとき、

今のその人が駄目だと思っている”私”がいるとわかります。

 

【もっと自信を持てばいいのに】

【もっと人と仲良くしたらいいのに】

【もっと運動したらいいのに】

 

書き出してみて、よ~く眺めると”私”のことがよくわかります。

 

【世界を変えたい】と思うときもそうです。

今のこの世界が駄目だと思っている”私”がいるとわかります。

そして、よ~く眺めると”私”のことがみえてきます。

いつも一緒。

時間と体の変化はなかよし いつも一緒

空間と体の移動はなかよし いつも一緒

人は人の間に いつも一緒

外の世界は時間と空間と人間とで出来上がり。

 

それを見て感じて考える。

 

思考も感情もその間で起こっては消える。

 

ただ、それをみている私は変わらない。

私は動いていない。

いつも一緒。

ひとつひとつ深い深いところにあるものと向き合うこと。

目の前の誰かのことばや行動に、怒りが湧いたり、悲しみを感じたりしたとき、

そんなときは、気持ちが落ち着いたあとに、

何をされ、何を言われたのか、

何を見て、聞いて感情が動いたのか、

紙に第三者になったつもりで事実だけを書き出してみてください。

 

書き出したら、その紙の上の事実をただただなぞってみてください。

そして、それと繋がる記憶やエピソードが自分の深い深いところから湧きだしてくるのを待ってください。

 

自分の中からそれと繋がる記憶やエピソードが湧きだしてきたら、

感情が動いた理由が、

目の前の出来事にではなく

自分の中にある記憶やエピソードに由来していたことを受け入れてください。

 

ただ、多くの人にとって、それは受け入れたくないことなので

吐き気がしたり、頭が痛くなったり、涙が出たり、息苦しくなったりすることもあるかもしれません。

 

でも、大丈夫なので勇気を出して受け入れてください。

 

そうしたら、くるくると繰り返し、

怒りや悲しみに通じる記憶を抱えている事実を確認するために

直面し続けてきた体験が不思議と別のものになると思います。

 

そうやってひとつひとつ自分の中にある記憶やエピソードを0に戻していくと、毎日はほんとうに穏やかです。

これからどうするか。

アドラー心理学の教えを対話形式の本にした「幸せになる勇気」(岸見一郎・古賀史健著 ダイヤモンド社)の中に、人が陥りやすい物語のパターンとして【かわいそうなわたし】【悪いあの人】というのが出てきます。

気持ちが前に進まないとき、自分の視点からみた前に進めない理由を見つめてしまうようです。

アドラーはそうではなく、【これからどうするか】を語ることが大事だと言っています。

天才?強い個性。

ある小学3年生の国語の勉強をみていたときのこと。

答えを見ながら丸付けしていた彼の、はなまるの描き方がとても個性的だったのでびっくりしました。

内側から反時計回りにぐるぐるぐるぐる。

 

私にとっては【どうやったらそうなるの?】と感じるくらいの個性的な描き方だったので【この子と私の世界の見え方や体験はほんとうに物凄く違うものなんだろうな】と思いました。

 

さらに、勉強を進めていくと、個性爆発。

こたえを書きなさいと用意されている四角い枠の中にこたえはかかない。

好きなところにこたえが点在。

それでも正解なら彼的にはOKらしく、枠外に増えていくあかまる。

 

読み仮名を書く問題のこたえにはひらがなとカタカナ混在。

この子、天才?てンさい?

こセいつヨすぎ。

 

きっと先生はどこまでどう修正したらいいのか困っているに違いないと思います(笑)

 

こんな子がたくさん生まれているんだなと思うと、これからのことがとても楽しみになりました♪

空っぽか、いっぱいか。

友人に教えてもらって ニュー・アース (エックハルト・トール著 サンマーク出版) という本を読みました。

とてもわかりやすくエゴの仕組みが書いてあって、ありがたいなぁと思いました。

今のところ、2回読んでみたのですが、まだ深く読み取れないなと感じるところがあるので、時間をおいてまた読もうと思います。

 

この本の中で、私の体験とリンクすることが書いてあったので紹介したいと思います。

それは、感じることについて。

 

ある日の夕食後、水切りかごの食器を拭いてテーブルに並べていました。

ふと、とても幸せな感覚が湧いてきました。

ただ、食器を拭いて並べているだけなのに、とても満たされていて、いつもの食器がいつもより美しくみえます。

 

その時期ちょうど佐藤初女さんの本を読んでいて「心の貧しい人は幸いである」というキリストの言葉の意味がわからないな~と思っていたところで、【あぁ、「心の貧しい人は幸いである」とはこういうことか】と思いました。

それは例えば、3日間何も食べてなかった人がおにぎりを食べたときに感じる、涙が出るくらいの美味しさや、1週間お風呂に入れなかった人が1週間ぶりにお風呂に入れたときに感じる何ものにも代えがたい温かさ・気持よさと一緒で、食器を並べて拭いているだけでも幸せに思えるほどに私の心には何もない状態(=貧しい)だったのだなと。

 

よく、”今にある”ことの大切さが言われるようになりましたが、こういうことなのだと思います。

過去の幸せをずっとこころに持っていると、今の幸せが感じられません。

というより、いいことでも、悪いことでも、こころをいっぱいにしていると、目の前にあるものがそのままに感じられないと言った方がいいかもしれません。

 

じゃあ、どうしたらいいの?といわれたなら、自分がこころに持っているものと向き合うか、今だけに集中するかのどちらかかなと思います。

体があるのは不思議ですごい。

体があって、この世界を感じることができるってほんとうに不思議ですごいことだなと思います。

私たちが感覚として感じられる範囲はとても限られていますが、だからこそ現れる世界というのがあると思うと、体があるときはこの特別な世界をしっかり楽しみたいなと思います。

そして、よく観察していると、同じつくりの体を持っていても、それぞれに感じ方や見え方が違うのだということに気づかされます。

人の数だけ世界があるというのはその通りなんだなと思います。

想いの訪問者。

あるとき、【愛されたい】という想いが突然やってきました。

【愛されたい】【愛されたい】【愛されたい】【愛されたい】

【愛されたい】【愛されたい】【愛されたい】【愛されたい】

【愛されたい】【愛されたい】【愛されたい】【愛されたい】

【愛されたい】【愛されたい】【愛されたい】【愛されたい】

【愛されたい】【愛されたい】【愛されたい】【愛されたい】

【愛されたい】【愛されたい】【愛されたい】【愛されたい】

【愛されたい】【愛されたい】【愛されたい】【愛されたい】

いったいどれくらいいるのだろう?と思うくらいずっと【愛されたい】は居続けました。

『でも、愛されるってどういうこと?誰かに愛してるって言われること?』と聞くと

『違う。』と答えます。

『誰かに優しくされること?』と聞いても

『違う。』と答えます。

『誰かに抱きしめてもらうこと?』と聞くと、

『それもいいけど、その感じがずっと欲しい。』と答えます。

【愛されたい】【愛されたい】【愛されたい】【愛されたい】【愛されたい】【愛されたい】

思いつく質問はどれも納得してもらえなかったので、【愛されたい】をただ見つめていました。

すると、いつの間にか【愛されたい】はいなくなっていました。

 

その次にやって来たのは、【私はいてもいいの?】という想いでした。

【私はいてもいいの?】【私はいてもいいの?】【私はいてもいいの?】【私はいてもいいの?】

【私はいてもいいの?】【私はいてもいいの?】【私はいてもいいの?】【私はいてもいいの?】

【私はいてもいいの?】【私はいてもいいの?】【私はいてもいいの?】【私はいてもいいの?】

問いかけてきます。

 

”私”が誰のことなのか。よくわからなかったのでただ見つめていました。

【私はいてもいいの?】【私はいてもいいの?】【私はいてもいいの?】【私はいてもいいの?】

【私はいてもいいの?】【私はいてもいいの?】【私はいてもいいの?】【私はいてもいいの?】

【私はいてもいいの?】【私はいてもいいの?】【私はいてもいいの?】【私はいてもいいの?】

【私はいてもいいの?】【私はいてもいいの?】【私はいてもいいの?】【私はいてもいいの?】

 

どれくらいたったか、それまでは固くて触れたくないような【私はいてもいいの?】だったのが

氷のように溶けて見えなくなりました。

世界は輝いているらしい。

最近、友人と話していて、人によっては世界は輝いて見えているらしいことがわかりました。

毎日、同じ(ように見える)景色を見ていても、毎日新鮮で、うっとりするくらい輝いているらしいです。

 

この話を聞いて、東北の震災で命からがら生きのびた方が「これからは毎日一生懸命生きます。」と言っていたのを思い出しました。

 

たぶん、同じものを見ていても、人によって、またその時の状態によって、世界が宝石のように見えたり、石ころのように見えたりするんだろうと思います。

 

どうしてそういうことが起こるかというと、思考の働きが影響しているようで、思考が【いつもと同じだよ】とか【そんなの知ってるよ】とか目の前のことやものにラベルを貼ることで輝きを失わせているみたいです。