メンヘラを克服する方法。

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強靭性が超特異的に高い人

先日、超精密性格診断mgram(エムグラム)をやってみたら『強靭性が超特異的に高い』と診断されました。

簡単に言うと、超級の『非メンヘラ』です。

※メンヘラとは、「心に何かしらの問題を抱えている人」というような意味合いで用いられている通俗的な表現(インターネットスラング)。

でも、小さい頃からそうだったかというとそうでもなく、前はメンヘラでした。

何でかというと、ずっと自分を生きることが出来ていなくて『消えたい』と思っていたからです。

 

メンヘラからサイコパス並みの非メンヘラに

そんな私ですが、今ではこころがちくっとするようなことと敢えて向き合うようにまでなりました。

なぜかというと、心がちくっとするようなことは『私のこころが反応したのはどんな思いをこころに持っているからだろう?』と自分と話をする機会になるからです。

たぶん、これは『強靭性が超特異的に高い』と言われるほどに心を鍛えた結果、出来るようになったことで、現実世界に置き換えると、ガラスが刺さった傷を自分で触って、ガラスを取り出すことをやっているようなものだと思います。

普通に考えて痛そうです。

でも、いつまでも痛い思いは持っていたくないので時間があればそんなことをしています。

 

非メンヘラへの第一歩

その最初の一歩は、”私”と”私以外”の境界がとても曖昧だということに気づかせてもらったことから始まりました。

この世界はよく知られているように相対の世界です。

”自分”が強くあると、”自分以外”も強く現れます。

だから、人と対すると自然に自分の個性がはっきりしてくると思います。

例えば、おしゃれな人をみると羨ましいと思う人は、自分のことをその人よりおしゃれではないと思っているということがわかります。

相対性理論です。

こんな風に、人は何かを自分の外に見ることで自分というものを強化していきます。

 

 

”私”という存在はとても曖昧

でも実は”私”と”私以外”の境界はとても曖昧なのです。

自分という存在は自分が思うほど実態として強固ではないのです。

それはどういうことかというと、よく言われる例えで言えば、人の細胞は数年で入れ替わるというもの。

特に肌の周期は数か月と言われています。

『私の肌は汚い』と思っていたとしても、実際には数か月単位で新しいものと入れ替わっているのです。

もう少しわかりやすい例でいうと、爪や髪の毛、つば。

それは切ったり抜けたり、自分から離れた瞬間から”私”ではなくなります。

”私”だと思っていたものが一瞬にしてごみになり、人によっては嫌悪の対象になります。

私というのはとても曖昧な存在なのです。

 

もっと言うと、私たちは誰かが吐いた息の混ざった空気を吸い、自分の吐いた息の混ざった空気を他の誰かが吸って生きています。

そのように考えると、身近にいる人と自分との区別というのはとても曖昧で家族が似てくるというのは当然のことだと思います。

 

人に抱く負の感情

ちなみに、この考えで行くと、近くに嫌いな人がいた場合、『あの人の吐いた息を吸うなんて考えられない!』と嫌悪感や拒否反応が出てくると思います。

その嫌悪感や拒否反応が誰に一番影響を与えるかというと、相手ではなく、自分です。

近くに嫌な人が来たとたん、毎回ネガティブな感情を発動させて自分にストレスを与えます。

 

冷静に分析して受け入れる

この時に私がやるのが『ほんとうは”私”と”私以外”の境界はとても曖昧なのに、どうしてあの人が嫌なのだろう?』という思考。

湧いてくる”嫌””嫌い”という感情をとことん見つめて、『何が嫌なんだろう?』と分析してみると、自分の信念や道徳観、小さい頃の体験などに繋がっていきます。

『あぁ、だからあの人が嫌なのね。』とわかったら、次の段階です。

ただ”嫌””嫌い”と拒否していたものは自分の中にあるものが反応していたんだ。と、そのことを受け入れます。

すると、不思議と前ほどその人のことが嫌だと思わなくなってきたり、冷静に離れようと判断できるようになったり、とにかく”嫌””嫌い”で判断していたものが曖昧になってきます。

 

一見外で起こっていることにフォーカスしているように見えますが、これは自分を受け入れることに繋がります。

この負の感情は自分が長年蓋をして生きてきた、出来れば見たくないものなので、最初は『何が自分の中にあるのかわからない』と思うかもしれませんが、落ち着いて、是非一度試してみてください。

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