それぞれの見ている世界。

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育った場所で世界の見え方は違う

それぞれの見ている世界があるなー。と感じました。

私の見ている福岡県の田舎町の世界と違う世界。

スリランカだったり、ニュージーランドだったり、それぞれの見ている世界だけが本当の世界だとそれぞれみんな本気でそう思っています。

でも、視点を宇宙にある衛星に移してみると、どれもその人にとっては本当かもしれないけれど、他の世界もあることがよくわかります。

人間は視野を狭くするためにわざと目が与えられたのかもしれません。

自分の目で見えるものだけが本当だと思わせるために。

 

同じ環境に居ても世界の見え方は違う

先日、東京演劇集団風のTouchという劇を観てきました。

孤児の兄弟がお金持ちのおじさんと出会い、心を変化させていく様子を描いたものだったのですが、ここでは同じ場所に住んでいても心次第で見えるものが違うんだなということを感じました。

兄弟のお兄ちゃんは愛に飢え、人を信用出来ない、気性の荒い若者。

だけど、弟の面倒は自分が見なければならない。そんな責任感も持っている人です。

一方の弟は、誰が言うことも言葉のまま、そのままを受け止める純粋な若者。

お兄ちゃんから「外は危険だから家から一歩も外に出てはいけない。」と、言われたらその通りに家からは出ないで暮らす、限られた世界の住人です。

そんな兄弟のところに、お金持ちのおじさんが居候することになります。

このおじさんは二人を何とか勇気づけてよりよい生活をしてもらいたいと思っています。

ですが、お兄ちゃんはお金をもらって、生活が豊かになっても心底おじさんを信用することが出来ません。

おじさんが抱きしめようとすると怒って逃げていきます。

一方、弟はあっという間におじさんと打ち解けて、これまでお兄ちゃんに制限されていた自分の世界を広げていきます。

同じ家で同じ境遇に育った兄弟でも世界の見え方は違うのだと改めて感じさせてもらいました。

 

誰かの言うことが腑に落ちないことがあるときは、ただ世界の見え方が違うだけなのかもしれません。

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