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どうして現実にヒーローは現れないか

最近テレビで、細田守監督の映画「サマーウォーズ」を観ました。

面白かったのですが、大筋は昔からアニメの世界で描かれている、敵(悪) VS ヒーロー(善)の構造で、最後は世界中のみんなの力を借りて主人公が敵を倒すというストーリーでした。

ドラゴンボールでいうと仲間がやられて形勢が悪くなるんだけど、最後は元気玉で敵を倒すパターンと伝えれば簡単に想像がつくのではないかと思います。

私も子供の頃は漫画を読んだり、テレビを観たりで、こういうパターンに浸りきっていたのですが、今となっては悪も善もないのにな~と思います。

ヒーローものの弊害は、どこかに、自分以外の誰か素晴らしい能力を持った人が現れて敵を倒してくれるんだという固定概念を作ってしまうことだな~と思いました。

アニメではヒーローが困った時にいつも助けに来てくれるのに、どうして現実では誰も助けてくれないの?なんて思ったことがある人もいると思います。

そんなもの、求めたって現れるはずはありません。

そもそも、その役割を担っているのが自分なのです。

自分を救えるのは自分しかいません。

鬼も、悪魔も、闇も、ヒーローも全部自分の中の話だと思えば漫画やアニメも大きな力になってくれるんじゃないかなと思いました。

思いっきり怒りを開放する

物心ついてから、ほとんど怒ったことがない人は思いっきり怒ってみるのもいいかもしれません。

感情を消化するのが目的です。

誰かと戦うためではありません。

ずっと我慢している人は、表面上は怒ることがないけれど、周りに怒りのオーラを振りまきながら、自分でそのことに気づいていません。

そして、開放することもなく、認識することもないそれはずっとあり続けます。

思いっきり怒ってみて、自分の内側がどんな風に感じるか静かに見つめてみると、気づきがあると思います。

どんな感情も溜めておかず、クリアにクリアにしておくと、こころも体も軽くなります。

逆にずっと怒ってばかりの人は、どうしてそんなに腹が立つのか、誰かに話を聞いてもらうといいかもしれません。

自分が不当に扱われていると感じているのか、何かが脅かされていると感じているのか・・・

いずれにせよ、自分の作り出している物語が自分をコントロールしていることに気づくと思います。

思考は過去からのパターン

いのち
V
意志の力
V
意識
V
こころ
V
思考・感情
V

頭ではこんな風に分類わけしないと理解が出来ないので書いてみましたが、本当はこんなにはっきり分けられるものではありませんし、これらの言葉をどんなふうに捉えているかでも解釈が変わってきます。

これらは全部がひとつで複雑に機能しています。

この中で体以外は形がありません。

それで、体は形のないものの形を表現する役目をになっています。(ぎゅっと縮こまったり、かっと熱くなったり、胸を張ったり、肩を落としたり、緩んだり、固くなったり)

声や態度、言葉、絵など体を通して生まれる全てが、形のないものの表現する役目をになっています。

その”体”を動かしている、普段わたしたちが”私だ”と思っている思考って何でしょうか?

思考は過去の経験から得たデータをもとに、今に対応する自動回答パターンだと思います。

AIのディープラーニングのようなものです。

朝起きたら、顔を洗い、ご飯を食べ、身支度をする。

何も迷わずこれらが出来るのは思考のお陰だと思います。

このパターンは体験を増やすことで変化させることも出来ます。

子ども時代は新しい体験が目白押しなので、パターンは変化に次ぐ変化の連続です。

そして、大人になるにしたがって新しい体験が減ってくるのでパターンが固まってきます。

ただ、自分で意図的にパターンを作り変えることも出来ます。

単純に、朝必ずコーヒーを飲むことにしている人が、ミルクを飲んでみるだけでパターンは変わります。

毎日通る道を変えるだけでパターンは変わります。

思考は過去からのデータをもとに機能するので、これまで体験したことがない、全く新しいことへの対応は苦手です。

特に、思考が固まってしまった大人は、変化に抵抗を覚える人も多いので新しいことを苦痛に感じることもあります。

突然の出来事に頭が真っ白になるのは思考では手に負えない状況、つまり、「データがありません」ということで、パニックになってしまう人もいますが、いったん落ち着いて、思考ではなく感覚で対応していくと、むしろ普段よりスムーズに状況に対応出来ていたりします。

思考はとっても有能ですが、そのパターンにがんじがらめにされてしまうと、ほんらいの何を選んでもいいという自由さや軽やかさを失ってしまいます。

それに、目の前にある”今”はとっても新鮮な可能性を含んでいるのに、”過去と同じもの”と判断することで、たいくつなものになってしまいます。

いつだって、思考が必要でないとき、思考を静かにさせるだけで、生まれたてのいのちを見ているような穏やかな世界を感じることが出来ます。

悩みを俯瞰する

生活の中で起こる様々な出来ごと。

自分が当事者として問題に直面すると、視点が固定されてそこから抜け出せないことが多いと思います。

でも、俯瞰して見てみると、

意外と色々な解決策があることに気づいたり、

捉え方を変えるだけで気持ちが楽になったり、

あれこれ考えてみた後に、今は何もできることがないなと、どっしり構えられるようになったり。

ほとんどの問題は問題ではなく、出来事に変えられます。

着て行く服がない=自信がない

女性によくみられる現象。

たくさんの洋服を持っているのに、着て行く服がない。

これは洋服がないんじゃなくて、自信がないだけだと気づきました。

何を着ても自分に自信がないから素敵に感じられない。

ただ、それだけでした。

でも、自分でそれに気づいていないから、服がないと思ってしまう。

同じようなすり替え現象。あると思います。

実際に求めているのはお金で買えないものなのに、お金で別のものを手に入れようとしてしまうこと。

ただ気づくだけで幻想は解けるので、こころの中をよーく観察してみるといいと思います。

やるといいこと④

誰かを批判したくなったり、怒りの感情が湧いてきた時

批判したり、怒ることで

【私は何を守りたいのだろう?】

【私は何を守ろうとしているのだろう?】と自問してみてください。

すっと、批判や怒りが消えていくことがあります。

やるといいこと③

自分の頭の中の声。

何をぶつぶつ言っているのか観察してみると・・・

”私”が言っているようで、”私”が言っているわけじゃない。

気がしてくる。

今までそれが”私”だと思っていたのに。

反射的に出てきてる?

ふと気づくと何か言っている。

それをひたすら眺めてみて、出来る事なら消してみる。

そしたら、こころや体はどう感じるでしょう。

やるといいこと②

メンタルのバランスを崩してしまう人は自分を無視している人が多いです。

自分の心の声(本心)を聞いて、それに従ってみてください。

他者の反応を想像して怖気づくこともあるかもしれませんが、やってみると、意外と思っていたのとは違うことが起こると思います。

休みたいときは休む。

食べたいものを食べる。

やりたくないことはやらない。

やりたいことをする。

言いたいことを言う。

我慢しない。

自分に優しくする。

嫌な時は断る。

自分を認める。

笑顔をやめる。

泣く。

怒る。

弱音を吐く。

本音を出す。

自分を後回しにしない。

やるといいこと①

どうして人が不安になったり、十分な生活をしているのに不満を持つかというと、心にいろいろなものをくっつけているからだと思います。

それを少しずつ少しずつ解いていくと感じ方が変わります。

やり方は、ネガティブな感情を感じたときに、

ひとり静かになれる場所で、座って、じっと自分の中を感じます。

そして、そのネガティブな感情が自分のどんな想いから来るのか、湧き上がってくるまで待ちます。

どれだけ待ってみても湧き上がって来ないときもあるとおもいます。

でも、そのとき見つからなくても、ある時ふと気が付くときがきます。

自分がなぜ、ネガティブな感情を抱いてしまうのかわかったら、もうそれでその魔法は解けます。

これをネガティブな感情が湧いてくる度にやってみてください。

湧き上がってくるものを書き出しておくと、目でも確認できるのでおすすめです。

書き出した紙はもういらないなと思ったら、捨ててください。

みんな居ていいよ。

星野道夫さんの本を読んでいる途中、洗濯物を干しに外に出たら、物干し場の天井に毛虫が数匹いました。

近くの木に、毎年発生する毛虫です。

洗濯物につくと嫌なので、火ばさみを使ってポイっとしました。

【もう、いないかな】と天井をくまなくみていたら、小さなハチの巣も見つけたので、火ばさみでツンツンして落としました。

それから、家族に、こんなことがあったから気をつけてねと伝えました。

田舎で暮らしていると、人間が嫌だなと思ってしまう存在と鉢合わせることが多くなります。

ムカデだったり、蚊だったり、毛虫だったり、蜂だったり。

星野道夫さんが暮らしていたアラスカであれば、クマだったり、雪だったり、もっとたくさんあったと思います。

でも、誰が上でもない、下でもない、存在として自分に害を及ぼすことのない限り居てもいいよというスタンスであることは当たり前の話じゃないかなと思います。

そして、自分や周りの誰かに害が及ぶなら、対処する。

それも当たり前の話だと思います。

とはいえ、自然は自分を破壊するものですら『居てもいいよ。』と受け入れてくれます。

というより、台風や地震、雪崩など、自然のシステムの中に破壊は組み込まれています。

個がないからとも、破壊は悪いことではないからとも、いろいろ言えると思いますが、だれの身近にもそういう存在である自然があるのは嬉しいことだなと思いました。