ある日の夕方、電動草刈りで畑の草刈りをしていたときのこと。

【そろそろ充電が切れるかな。】【もう終わろうかな。】と思いながら、新しい区画に刃を入れた瞬間、草に覆われていた木の枝にはじかれると同時に、目の前で大きくて色鮮やかな芋虫がぐったりしているのが目に入りました。

【あぁ、殺してしまった。】

もう、一瞬で気が萎えて、その日は家に戻り、なくならないこころのちくちくと向き合っていました。

 

数日後、今度は鍬で草取りをしようと庭にでたときのこと。

最初の一振りがまた、大きくて色鮮やかな芋虫にあたってしまいました。

幸いびっくりさせたくらいで殺しはしなかったのですが、同じようなことが2回も続けて…。

 

【私は何を持っているんだろう?】と自分と向き合う機会になりました。

 

私は、生き物を全く殺さないわけではないし、ベジタリアンでもヴィーガンでもありません。

でも、なるべくなら、殺さなくていいなら嬉しいなぁ。と思います。

 

ゴキブリでも蜘蛛でもムカデでもナメクジでも、外で出会う限りは彼らのお家。

家の中で出会ってもなるべく出ていってもらう。のがいいかなと思っています。

誰かが痛い、かゆい、不快な思いをするときは殺すこともあります。

そういうときは淡々と、なるべく感情を持たないように。

 

だから、植物は強いからありがたいなと思います。

多少切っても大丈夫。

密集した木の葉に虫がたくさんつくのは、葉をすいてくれようとしているのかなとも思います。

 

 

 

最近ではHSP(Highly Sensitive Person)という概念が知られるようになりましたが、私はある時まで、まさにHSP でした。

【あの人、本心言ってないなぁ。】とか【この人、顔が笑ってないなぁ】とか【あ、今ちょっと元気になった】とか、ちょっとしたことで変化する人の顔や雰囲気にとても敏感でした。

そして、大勢で遊ぶのがちょっと苦手で、ひとりでいるときは本を読んだり、木の上でぼーっとしたり、虫や植物に話かけたり、というのを好んでしていました。

 

なので、自分の意思とは関係なく、狭い人間関係の中で過ごさなければいけなかった頃は結構苦しいこともありました。

でも、それが自分と向き合う内観のチャンスだと知ってからは、感じやすいという気質はなんと恵まれていることかと思うようになりましたし、大勢の中でも人を見ることばかりをしなくなりました。

 

そんな私が、最近、友人から「ホ・オポノポノ」について書かれた本を借りていいなと思ったことがあります。

それは、こころがざわつく何かが起こったとき、ただ【ありがとう・ごめんなさい・許してください・愛しています】とこころの中で唱えるとその原因となっている記憶をクリーニングすることが出来るというものです。

 

普段はなるべく自分がどんな思いを持っているのかを深く深く感じようとしますが、ときに『大きくて色鮮やかな芋虫を殺してしまう。』ということを深く掘り下げても【よくわからない。】に行きあたるということがあります。

そういうときは、あまり深追いし過ぎず、ホ・オポノポノの【ありがとう・ごめんなさい・許してください・愛しています】を使って、深い気づきは後から来るのに任せるということで放っておけるなと思いました。

 

詳しくはたくさん出ている書籍を読んでみてください。

ホ・オポノポノ公式サイト