2020年 2月 の投稿一覧

自分の想像力が一番怖い。

犯罪率の高いラテンアメリカの一国に住んでいたとき、何回か強盗にあったり、スリにあったりしたのですが、一番怖かった思い出は『バスルームの電球が割れたとき』でした。

 

渡航して間もない、ある日曜日。

ステイ先の家族は教会に出かけて、誰もいませんでした。

 

静かなリビングでひとりテレビを観ていた私。

そこに突然、バスルームの方から”パリーン”とガラスが割れたような大きな音がしました。

 

殺人件数が日本の60倍ともいわれるラテンアメリカです。

毎日毎日新聞の一面は死体の写真。

私は最悪のシチュエーションを想像しました。

【強盗!?】

【やばい。殺される!?】

心臓はバクバクです。

 

とはいえ、どうしたらいいかわからない。

泣きそうになりながら、しばらく気配をうかがって【よし!】と勇気を出して猛ダッシュ。

走って家を出て、その日は人通りの多い中心部のカフェで一日を過ごしました。

 

ところが、夕方、家に戻ってみると、ステイ先の家族が何事もなかったかのように過ごしています。

まだまだ知っている単語くらいしか拾えない、片言のスペイン語でやりとりしたところによると「バスルームの電球が割れていた」とのこと。

私が想像したような出来事が何もなかったとわかったとき、どれだけほっとしたことか。

 

この事件のあとに、本物の強盗やスリにもあったのですが、この時ほどドキドキしたことはありません。

 

昔話の「ふるやのもり」みたい。

 

世界中で何が一番怖いかって自分の想像力ほど怖いものはありません。

Life is easy.

Life is easy. Why do we make it so hard?| Jon Jandai | TEDxDoiSuthep

色んな考え方、生き方がありますね。

 

もやもやの理由は自分の内側にあるよ。

怒りや悲しみを感じたとき・誰かの投稿をスルーしたくなったとき・居心地が悪いと感じたとき、必ず、自分の内側にその理由があります。

外の世界は自分の鏡。

目を閉じて、こころが何を握りしめているのか、自分の内側、奥深くに潜ってみると自分でも意外な、ほんとうの理由が出てきます。

 

思考は嗜好品。

思考は嗜好品です。

お酒やたばこと同じ。

楽しむ程度ならいいけれど、依存性があって、適量を超えるとそこから抜けられなくなります。

 

ときには思考をとめて、今を感じることを楽しんでください♪

言葉は全部自分に返る。

言葉は自分が他の人に言ったことでも、自分に返ってくる気がします。

もっと言うと、自分が会話に入ってなくても聞こえてくる言葉は自分に影響を与える気がします。

 

なぜなら、言葉は音で振動だから。

 

そう考えると、自分が発する言葉が自分に一番影響することになりそうです。

それが、例え他の人に向けて言った言葉でも。

 

子どもが「バカって言った人がバカなんだよ~!!」っていうのは、それがわかってるからなんですね。

 

「ありがとう。」「嬉しい。」「大好き。」「美味しい。」「今日いいことあったな。」「いいね~。」「楽し~い。」「素敵。」「かわいい。」「元気。」

 

なるべくいい音を選んで話をしようと思いました。

見栄・プライド

人間面白いなと思うのは、ひとつ課題に気づくと、目の前の出来事の中にそれと繋がるものをどんどんピックアップ出来るようになることです。

もう、誰かが世界をコントロールしているんじゃないかと思うくらいに不思議なことが起こります。

 

今回気づいたテーマは私のなかの見栄・プライド。

【困っている人の力になりたい。】

【誰かを助けたい。】

そんな風に思うとき、こころのなかには見栄・プライド(上位意識?)があることに気づきました。

なぜなら、自分が上、相手が下という位置関係でしか生まれない想いだからです。

よーく観察してみると【私は助けられる人になどなりたくない】というプライドも感じられました。

 

福祉の仕事やボランティア、同じことをやるにしてもこころ持ちはいろいろあります。

自分の興味や得意の一環として楽しんでいる人、自分の闇とぶつかるために取り組んでいる人、様々です。

 

だけど、しばらく観察を続けていると全部『これでいいのだ。』だというところに落ち着きました。

それがあるから出来る経験や出会いもあります。

 

『これでいいのだ!!』っていい言葉。

バカボンのパパは天才です。

組織運営と精神世界・ティール組織

2019年のビジネス書大賞・経営者賞に輝いた『ティール組織―マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』 フレデリック・ラルー鈴木立哉 (翻訳) 嘉村賢州 (解説)を読んで、その組織論があまりに精神的なものをあらわしていて驚きました。

人類が歩んできた進化の過程と組織の発達をリンクさせて理論を展開しているのですが、この本で新しい組織の形として推奨されているティールというのは【変化の激しい時代における生命型組織。自主経営(セルフ・マネジメント)、全体性(ホールネス)、存在目的を重視する】とあります。

全体性(ホールネス)がビジネスで論じられる時代が来るなんて、昭和生まれの私からすると嘘のような話です。

 

これまで、日本で「会社(組織)」といえば、社長という経営者がいて、その指示に従って下の人たちが業務をこなす場所だったと思います。

でも、ティール組織の場合は業務を行う人たちがチームを組み、どう業務を行うかを決める権利があり、チームのメンバーはみんな同じフラットな関係にあります。

なぜなら、組織は生命体だと考えるからです。

 

例えば人で考えてみると、人間は様々な器官が一つになって人間の機能を果たしています。

脳が偉いわけでも、肝臓が偉いわけでもなく、人として、生物として存在するためにそれぞれの器官がそれぞれの働きをしています。

脳は肝臓を否定したりしないし、脳は脳なりの視点で意見を発し、肝臓は肝臓の視点で意見を発して、「では、本来の目的であるこの人を活かすのにベストな選択はなんでしょう?」という問いから何をするかの決定をします。

これが新しい組織の形態ではないかとteal組織では言っています。

 

これは言いかえれば、不完全性の受容とも言えるような気がします。

これまでは、社長は頭が良く、知識も経験も豊富で、何かの決定を下すのに最適な人と思われていたものが、急速に変化する現代では、そうではなくひとりひとりは不完全ではあるけれど、それぞれの視点と能力を合わせればベストな判断を下せるという考えになっている気がします。

そして、そこには失敗しても構わないという自分や周りに対する信頼も存在しています。

 

何という変化。

この本が世界中でベストセラーになっているという事実にも社会の変化を感じます。

この考えは精神世界ではずーっと言われてきていたことです。

全ては一つである。と。

人が自分を個だと思ったことから分離が生まれて、廻り巡って全体性に戻ってきたみたいです。

環境問題や、差別、格差社会などなど、これまでネガティブに怒りや悲しみを持って対処法が模索されていた出来事が、みんなで取り組むポジティブな課題になってきたような気がします。

 

嬉しい!

食べていないものは食べていない。

世界の認知がちょっとずつ変化している高齢の方と接していると、さっきご飯を食べたのに「食べていない」ことになっていたり、今日は日曜日なのに「月曜日」になっていたりすることがあります。

このとき、事実は「ご飯を食べた」ことや今日は「日曜日」であることですが、たった一人の意識の中ではご飯は「食べていない」し、今日は「月曜日」であることが正解で、そういうときに事実だけが正しいことだとしてしまうと、お互いの事実が違うのでお互いが嫌な想いをしてしまいます。

時代的に、私たちは正しさを貫くことが素晴らしいことだとすり込まれてきたように思うのですが、時代が変わった今、そもそも【正しさって何だっけ?】と思います。

「正しさ」は目指すべき頂上のように思っていたけど、「正しさを持ちながら、それ以外も受け入れること」が今私に見えている頂上な気がします。

ふと、今、「食べた。」とか「食べてない。」とかの話を書いていて、安部さんのことが頭に浮かびました。

公共の場で「食べた。」のに「食べてない。」ことになったり、「日曜日」が「月曜日」になったらそれは大変です(笑)

 

公の場では正しさも事実も大切。

だけど、私の場では柔軟性も大切。

 

確固たる正しさを持っている人は公の仕事に向いているのかもしれません。

何か大きなことをしなくちゃいけないと思っていませんか?

何か大きなことをしなくちゃいけないと思っていませんか?

テレビや新聞で紹介されるような、何か。

人の役に立つことだったり、芸術的なことだったり、何か大したこと。

 

どうしてそんなことを思うんでしょうか?

【どうしてだろう?】自分に聞いてみてください。

どんな答えが返ってきましたか?

その想いは心地いいものですか?不快なものですか?

 

もし、心地よくないと思うなら、【そんなふうに思っていたんだね】と受け入れてみてください。

そしたら自然にその気持ちは消えていきます。