2020年 1月 の投稿一覧

デフォルトは赤ちゃん

デフォルト(初期設定のまま、何も変更をしていない状態)は赤ちゃんだと考えると、人は基本的に安らかで幸せなんじゃないかと思いました。

快・不快は感じるので、泣いたり微笑んだり、そういうことはあるけれど、それは生きるために必要なことで、それに苦しいとか嬉しいといった感情はありません。

 

そして、恐れや不安もないので、何でも口に入れるし、触ってみようとします。

何でも口に入れて、触って、快か不快かを確認します。

 

私たちがそれを感じられなくなるのは、快・不快に感情をくっつけるようになって、過去のことを握りしめ続けるようになるからかもしれません。

今、目の前に不快なことは何もないのに、わざわざ過去のことを思い出して、不快なことを再体験して、【またそれが起きたらどうしよう。】と想像して、不安や恐怖を作り出しているのかもしれません。

 

それを解いて、手放せば、赤ちゃんと同じで安らかで幸せになれそうですね。

ある・持ってる・いる・出来る・・・

ある・持ってる・いる・出来る・・・

基本的なことですが、あるものに目を向けるとこころは軽くなります。

 

今そわそわしている方は自分が【ある】に目を向けているのか【ない】に目を向けているのか一度確認してみてください。

 

病気だけど、命はある。

家は壊れたけど家族はいる。

愛する人は亡くなったけど、たくさん残してくれたものがある。

勉強は嫌いだけど、スポーツは好き。

仕事はないけど、やりたいことはある。

お金はないけど、人には恵まれている。

などなど、何でも。

 

【ない】に目が向いている方は【ある】を見つけてみてください。

心がざわざわしたら。

心がざわざわしたら、まず深呼吸をします。

ざわざわがさわさわくらいになって、さわさわを見つめられる状態になるまで深呼吸します。

ただひたすら深呼吸します。

落ち着いてきたら、さわさわを見つめます。

【さわさわしている】

【さわさわしている】

それをひたすら見つめます。

すると、なにか、さわさわにくっついている出来事が思い出されたり、感情が出て来たりします。

そうなったら、それを【は~。あなたがいたのね~。】とさわさわと一緒に意識してあげます。

【さわさわしている】をひたすら見つめたときのように、それを見つめます。

例えば【恐怖と不安】が出てきたのなら、

【怖いんだね。不安なんだね。】という具合です。

それを心が落ち着くまで繰り返します。

すると、いつの間にかさわさわも含めた全部が消えていきます。

どうして私は人を疑うの?

ある日の夕方、ふと私のこころに【疑い】という気持ちが湧いてきました。

【さっき優しくしてくれたあの人は自分が得をするために私に優しくしているのではないか】と。

ちょくちょくこの感情は私のこころにあらわれていたのですが、いつもあんまりいい気持ちがするものではないので【出て来たな】とわかっていても向き合わずに流していました。

でも、その日はなぜかこの【疑い】と向き合ってみようという気持ちになったので【疑い】について深く考えてみることにしました。

すると、私の中に【自分が損をしたくない】という損得の概念があることに気づきました。

お金についても、時間についても、労力についても私は自分が損をしたくないと思っているようなのです。

私の中で【損】は言いかえると【失う】【なくす】【なくなる】【取られる】こと。

するとどうなるかと考えると【困る】【貧しくなる】【辛い】【苦しい】。

それは嫌だ。

 

でも、ほんとうにそうなのでしょうか。

 

では、お金を払って、時間をかけて、とっても疲れることをしたらどう感じる?と想像してみると、

【あれ、嫌じゃない。。。むしろ、結構好きかも。ご飯が美味しく食べられて、ぐっすり眠れそう。】

矛盾しているようで、同じ私のこころから生まれた声です。

 

お金を払って、時間をかけて、疲れることをするのは嫌じゃない。

つまり、【損】じゃない。

なのに、頭の中では【損】だと思っている。

ということは【疑い】は頭の中で生まれる【損得】の【概念】から生まれているのかも。

【疑い】は自分がお金と時間と労力を出すのは【損】で、誰かがお金と時間と労力を出さずに何かを得ることが【得】。

それが嫌だという【概念】から。

 

でも、お金を使うことも、時間をかけることも、労力を出すことも、

全く【失う】【なくす】【なくなる】【取られる】ことではないし、

【困る】【貧しくなる】【辛い】【苦しい】ことでもないということが確認出来た今、

【どうしてそんな勘違いをしていたんだろう。】と思うと同時に

必死に間違った方程式を覚えていた私がいたような気持ちがしました。

 

『さっき優しくしてくれたあの人は、私を気分よくさせて、何かを得ようとしている』のと

『さっき優しくしてくれたあの人は、何の下心もなくただ純粋なこころから優しくしてくれた』のとの違いは

私が生み出している【疑い】の感情の違いだけです。

実際に起きたことはただひとつ『あの人が私に優しくしてくれた。』だけ。

 

過去に嫌な経験が多ければ多いほど、自己防衛の一つとして【疑い】の気持ちが生まれてくると思いますが、自分にとって心地よくない感情が出てきたときは、一度自分のどんな想いからその気持ちが出てくるのかを深く見つめてみるといいかもしれません。