食べていないものは食べていない。

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世界の認知がちょっとずつ変化している高齢の方と接していると、さっきご飯を食べたのに「食べていない」ことになっていたり、今日は日曜日なのに「月曜日」になっていたりすることがあります。

このとき、事実は「ご飯を食べた」ことや今日は「日曜日」であることですが、たった一人の意識の中ではご飯は「食べていない」し、今日は「月曜日」であることが正解で、そういうときに事実だけが正しいことだとしてしまうと、お互いの事実が違うのでお互いが嫌な想いをしてしまいます。

時代的に、私たちは正しさを貫くことが素晴らしいことだとすり込まれてきたように思うのですが、時代が変わった今、そもそも【正しさって何だっけ?】と思います。

「正しさ」は目指すべき頂上のように思っていたけど、「正しさを持ちながら、それ以外も受け入れること」が今私に見えている頂上な気がします。

ふと、今、「食べた。」とか「食べてない。」とかの話を書いていて、安部さんのことが頭に浮かびました。

公共の場で「食べた。」のに「食べてない。」ことになったり、「日曜日」が「月曜日」になったらそれは大変です(笑)

 

公の場では正しさも事実も大切。

だけど、私の場では柔軟性も大切。

 

確固たる正しさを持っている人は公の仕事に向いているのかもしれません。

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