不動の「山」はどこにもない。

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友人と話をしていて、思考が作り出す世界とありのままの世界の話になりました。

例えば、「山」。
「山」という言葉を聞いてどういうイメージが浮かんでくるでしょうか。

木の茂ったこんもりした「山」を思い浮かべる方もいるでしょうし、ヒマラヤのような切り立った「山」を思い浮かべる方もいるかもしれません。

それぞれに、私たちは「山」という言葉から「山」を思い浮かべます。

けれど、よーく考えてみると「山」はどこにもない。のです。

「山」にぐっと近づいてみてください。

土の重なりのことを「山」と呼ぶのでしょうか。
木や草が茂っている土の重なりのことを「山」と呼ぶのでしょうか。


だとしたら、「山」は物体ではなく、状態です。

「状態」とは『ある時点でのありさま。』のこと。
刻々と移り変わります。

こんな風に、不動であり続けるように見える「山」も変化しています。



私たちは言葉で、ある時点でのありさまを切り取ったイメージ(概念)を投影して変わらないものだと思い込み、変わらないものがある世界を思考で作り出しています。

でも、ほんとうに、ほんとうに、みていくと、全部同じことが言えます。

それは、どこにもない。のです。



今、私の手もとにある、例えば「本」でも、紙のことを、文字のことを、「本」と言うのでしょうか。

紙が重なって、その上に文字が書かれていて、それがまとまったもの、その状態を「本」と呼んでいます。

じゃあ、「紙」は?じゃあ、「文字」は?

とやっていくと、全部、何かが特定の状態をとったときのことを言葉で切り取って、それがあるように見せかけていますが、よくみていくと、それはどこにもない。にたどりつきます。

不思議です。

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